被補償者に第三者の権利がない場合
- Katherine Chan
- 2024年4月1日
- 読了時間: 6分
状況の概要
ある著名な日本人インフルエンサーが、自身のメディア出演やブランド契約を管理するためにマネジメント会社を設立しました。彼女は同社の唯一の株主であり、会社の顔としてその存在は事業運営と不可分でした。
このマネジメント会社は、香港の消費財メーカーと新しいスキンケア製品をアジア市場で宣伝するためのエンドースメント契約を締結しました。インフルエンサーの名前と肖像は、製品パッケージ、SNS、インタビューなどあらゆる広告媒体で大々的に使用されました。
しかし、その製品はすぐに健康被害のスキャンダルに巻き込まれました。中国本土の製造施設で、未開示の動物実験や製造上の不備が発覚したのです。消費者からは皮膚トラブル等の報告が相次ぎ、行政当局も正式な調査を開始しました。
インフルエンサー本人は契約当事者ではなかったものの、キャンペーンの中心的存在であったために公的批判の矢面に立たされ、名誉を損ない、苦情対応のために法的費用を負担しました。彼女が香港企業に対し、契約上の補償(indemnity)を求めたところ、その請求は拒否されました。
法的検討とその結果
契約書には、一般的な補償条項(indemnity clause)が含まれていました。
“Each party shall indemnify and hold harmless the other party’s officers, directors, employees, agents, and affiliates from and against any losses, liabilities, claims, damages, or expenses arising out of or in connection with the performance of this Agreement.”
(「各当事者は、相手方の役員、取締役、従業員、代理人および関係会社が、本契約の履行に関連して生じるあらゆる損失、責任、請求、損害または費用について、補償し、損害を被らないようにするものとする。」)
他方、契約には香港法に基づく「第三者の権利の排除条項」が盛り込まれており、当事者以外は契約上の権利を行使できないと定められていました。
香港の Contracts (Rights of Third Parties) Ordinance (Cap. 623) によれば、当事者以外の者でも、次のいずれかに該当する場合は契約条項を執行できます。
• 契約に明示的な執行権が与えられている場合
• 条項が当該第三者に利益を与えると解され、かつその執行を妨げる排除条項が存在しない場合
しかし本件契約では、第三者の権利が明確に排除されていました。これは商業契約では一般的です。そのため、補償条項がインフルエンサーの利益を意図していたとしても、彼女は法的にその条項を行使できませんでした。
また、「affiliates(関係会社・関係者)」という用語は曖昧であり、雇用契約や役職上の関係がない個人(著名人、株主、創業者など)を含むとは限りません。明確な定義がない限り、香港の裁判所がこの語を個人に拡張解釈する可能性は低いと考えられます。
仮に彼女が取締役の地位を有していたとしても、状況は変わりません。第三者の権利を全面的に排除する条項が存在する以上、当事者でない者は権利を行使できないからです。
契約以外に存在する追加リスク
さらに、次の二つのリスクにも注意が必要です。
• 不法行為責任(tort liability):契約上の補償を受けられなくても、誤った表示や過失により、消費者から不法行為責任を追及される可能性があります。
• 規制上のリスク:香港では、誤解を招く広告が問題となる場合、Trade Descriptions Ordinance (Cap. 362)(商品説明条例)の対象となる可能性があります。通常は販売業者が主な責任を負いますが、著名人も調査対象となり得ます。
これらのリスクは、契約上の補償が保護手段の一部に過ぎないことを示しています。適切な保険や個別の補償契約を併用することが望ましいでしょう。
法的対応策:より良い契約条項による防止策著名人や高い知名度を有する人物が関与する契約では、実効性のある保護を確保するために次の二つの措置を取る必要があります。
補償条項にその個人の氏名を明記すること。
第三者排除条項から補償対象者を除外すること。
また、次の点も推奨されます。
• 「affiliate(関係者)」の定義を契約内で明確にすること。
• 公人が株主や取締役でない場合は、個別の補償契約を締結すること。
• 補償範囲に「弁護士費用を全額補償する(on a full indemnity basis)」旨を明記すること。
改訂後の条項例
補償条項 (Indemnity Clause):
“Each party shall indemnify and hold harmless the other party’s officers, directors, employees, agents, affiliates, and, for the management company, [Full Name of Influencer], from and against any and all losses, liabilities, claims, damages, or expenses arising out of or in connection with the performance of this Agreement.”
(「各当事者は、相手方の役員、取締役、従業員、代理人、関係会社、並びにマネジメント会社については [インフルエンサー氏名] を、本契約の履行に関連して生じる一切の損失、責任、請求、損害又は費用から補償し、損害を被らせないものとする。」)
第三者の権利条項 (Third-Party Rights Clause):
“Except for the indemnified parties referred to in the indemnity clause above, this Agreement is personal to the Parties. The provisions of the Contracts (Rights of Third Parties) Ordinance (Cap. 623) do not apply to this Agreement. No other person who is not a party to this Agreement shall have any right under the Ordinance to enforce this Agreement or to enjoy the benefit of any term of this Agreement.”
(「上記補償条項で定められた被補償者を除き、本契約は当事者間に専属するものである。香港の Contracts (Rights of Third Parties) Ordinance (Cap. 623) (第三者の権利条例)の規定は本契約には適用されない。当事者でない者は、本契約のいかなる条項についても、同条例に基づく権利を有せず、またその利益を享受することもできない。」)
これらの修正により、
• 香港契約法の下での執行可能性を確保し、
• 補償対象の範囲を明確化し、
• 契約当事者でないものの法的・名誉上のリスクを負う個人に確実な保護を提供することができます。
重要なポイント
エンドーサーや著名人は、商業キャンペーンにおいて名誉・法的リスクを大きく負う立場にあります。明確で執行可能な契約上の保護がなければ、問題の責任を単独で負わざるを得ません。
第三者の権利行使が排除されている場合、標準的な補償条項だけでは不十分です。契約の法的意図と実際の執行結果を一致させる必要があります。
Katherine Chan Law Office は、こうしたドラフティング上の欠陥を特定し是正することで、契約上の保護が文面上の約束にとどまらず、実際に法的効力を持つよう支援しています。
免責事項
本稿は情報提供のみを目的とするものであり、法的助言を構成するものではありません。記載の事例は架空のものであり、実在の人物または団体との類似は偶然です。法令および規制要件は法域により異なります。本稿はすべての法的または実務的選択肢を網羅するものではありません。個別の状況に即した助言が必要な場合は、Katherine Chan Law Office または資格を有する法律専門家にご相談ください。本稿の内容に依拠して生じたいかなる損害についても、当事務所は責任を負いません。

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